« 痛ッ! | トップページ | テレ玉親子マラソン »

最悪の事態

今回痛風を発症してから10日が経った。通常であれば、発作も治まり一息ついている頃のはずなのだが今回は一粒で2度おいしいではないが、寧ろ最高潮を迎えているのである。1週間前に想定していた最悪の事態を迎えたといっても過言ではない。折角だから経緯を残しておこう。

222日(日)息子と秩父にいる間に、どうも左足の親指に違和感があるなと感じ始める。

223日(月)特に気にすることもなく夕方まで仕事をした後、香港に出発。深夜にホテルについて寝ているうちに左足親指が疼き始める。「これはもしや痛風の発作が来るのでは」とおののく。これまでは右足だったのだが!

224日(火)香港での仕事1日目。やはり痛風が来始めたらしい。左足親指の関節に上から圧をかけると痛い。会食した取引先の方に痛風らしいことをカミングアウトして酒を止める。歩行できない事態を避けるべくホテルに戻るとひたすら濡れタオルで足を冷やす。

225日(水)香港での仕事2日目。親指は横方面からでも痛むようになる。午前の予定を終えて現地オフィスに向かう途中の薬局で鎮痛剤を買う。午後は東京も交えたビデオ会議だが、机の下で靴下を脱ぎ、濡れタオルで足を冷やす。夕方には幾分楽になり、ひょっとして峠は越えたかと糠喜び。夜は現地スタッフのカラオケ好きメンバーでカラオケに出かける。酒は飲まず、食べるのもかなり抑え、自分としてはまだ腹5分目という感じなのだが周囲の面々は自分より遥かに食べていないにもかかわらず「もう腹一杯」と音をあげているではないか!俺って食べ過ぎ?!

226日(木)香港での仕事3日目。香港市内のホテルで開かれた投資セミナーに出席。現地スタッフから会場まで歩いて10分もあれば着くとの憶測を信じて出かけたところとても10分で着くような距離ではない。結局30分近く歩く。親指の痛みは楽になったが、今度は人差し指の付け根に痛みが広がり、徐々に甲の方まで広がり始める。いろいろな企業のトップとの会合であり流石に靴下を脱いで足を冷やす訳にはいかないが靴を脱いで左足を高い位置に持ってくる。夜は別の現地スタッフと会食。場所がオフィスから離れており、結構歩く。インドやタイカレーを食べたけど刺激的すぎたかも。

227日(金)香港での仕事4日目。前日の教訓を生かしてホテルから地下鉄駅まで行き、地下鉄でセミナー会場に向かったがついた駅から迷ってしまい結局結構歩いた。足の指よりも甲の痛みの方がきつくなり始める。とは言え、まだぎこちないながらもスピードは普通に歩ける。疲れたので夜は早々にホテルに10分ほど歩いて戻る。

228日(土)帰国。やはり甲が結構痛んだが、久しぶりにランニングシューズを履くとクッションに助けられかなり楽。靴を履いていると逆に痛みを感じなくて助かるような感覚。夕方に帰宅。靴を脱ぐと痛いが、もうしばらくの辛抱かと楽観視。

31日(日)左足甲は痛むが、指の痛みがひいたので楽しみにしていた親子マラソン大会に出場。二男とのペアで2キロ走る。正直、一方踏み出すごとに軽い痛みはあるものの我慢できる範囲。むしろ子供の頑張りがうれしく、無事完走。ご褒美に寿司を食べたのだけど体に悪かったかな?夜はワインも飲んでしまう。帰ってから昼寝して起きたら痛みが増している。そして最も恐れていた事態、右足への飛び火の予感。

32日(月)未明に起きてトイレに行くも、いやな予感が的中して右足親指が疼き始める。左足の甲は走ったのが災いして痛みが増している。立ち上がる時の痛みが尋常でない。1時に起きると3時まで眠れない。これは医者に行かないともう駄目だと観念。両足に痛みがあることを考えるともう仕事に行ける状況ではない。幸いにも仕事のアポイントがなかったため休ませてもらい医者に行く。朝8時半の受け付け開始直後に行ったのに、話の長い医者で順番が回ってきたのが11時過ぎ。鎮痛剤を漸く手にしたのはお昼すぎ。

33日(火)未明に一度起きた時には相変わらず左右が痛かったが、朝起きた時には左足甲の痛みが消えていた。しかし右足親指はまさに全開というくらいの腫れが広がり、痛み爆発。折悪く、ディナーの予定が入っておりスーツに皮靴で出かける。家から駅までは自転車。当初雪が積もるかもと言われていたので防寒ブーツを取り出したが、足が腫れてとてもではないが圧迫感に耐えられない。普段は新橋から歩くが、地下鉄で神谷町まで出て歩く距離を短縮。会社では患部は濡れタオルで冷やす。家から持参したスリッパで動き回るも、それでも非常に痛い。夜の会食の場所にはタクシーで。掘りごたつ形式だったので見えないように裸足になり、おしぼりの中に烏龍茶のグラスから取り出した氷を入れてひたすら足を冷やす。帰る段になり、足が相当痛むので新橋あたりで泊ろうかと考えたが運よく地下鉄で座れたため上野まで出て高崎線経由で帰宅。ところが風呂に入ってから寝ようとすると腫れの痛みがじんじんと攻めてきてとても寝られない。ここまで熱を持ってくると、感覚としては逆に氷水の中にずっと足を突っ込んでいる時のような感じの痛みが襲ってくる。もう我慢できないと、お医者さんから非常用にともらっていたインドメタシン座薬を使う。自分で座薬入れたのなんて初めてだよ、ふ~。

34日(水)ひょっとして痛みがピークアウトしていないかと思ったけど、まだまだパワー全開。観念して出かける。ランニングシューズで行こうとしたが、痛くて足が入らない。仕方ないので紐を相当に緩める。朝は、新橋からオフィスまでタクシー。基本、前日と同じ。歩き方がひどいので、知っている人からどうしたのかと声をかけられ、痛風と答えざるを得ないのが情けない。帰りは普段の3倍以上の時間をかけて会社から神谷町で上野まで出て、高崎線を使って帰る。自転車に乗っている時間がまさに極楽。そろそろ峠を越してくれないと困るんだけど。とりあえず今日はここまで。いつまでこんな感じなのか。もう一回、左足に戻ってくることを恐れつつ今日は寝ることにしよう。

35日(木)朝起きたけれど、全然おさまらないどころかなんだかもっと痛いような気もする。気長に待つしかないですな、これは。痛みがきついので座薬を使ってから出発。前日と同じく新橋からタクシー。朝のうちに昼ごはんに食べるパンを買いこんでおく。昨日はランニングシューズがきつかったので出張に持って行った幅広の革靴を履くと少しは楽。一番楽なのは裸足で、靴が2番目。スリッパが中途半端でかえって痛い。大手町の出先にもタクシーを使ってこの際だから足をあまり使わないようにする。電車が空いている間に直帰させてもらうことにした。帰って足を見ると、ピーク時に比べると少しは腫れが引いてきたような気もする。

3月6日(金)朝は相変わらずの痛み。しかしお昼前に、なんとなく前日比少し楽になってきた感覚。これまで右足親指が床に触れる度に激痛が走ったのが、漸く親指が触れても「痛気持ちいい」に近い(決して気持ち良くはないが)感じになった。鎮痛剤のせいなのかもしれないが、やっと痛み止めが効くようになったということだ。足の形も少し元に戻ってきた(それでも、同僚に言わせると「エッ、こんなに腫れてるの?!」なんだけど)。

3月7日(土)まだ痛みは残るがかなり楽になる。右足の激痛が薄らぐと今度は左足の痛みが残っていることに気づく。関節の中に、何かが挟まっているような感覚だ。それでも赤紫~赤黒かった親指の関節が漸く元に戻ってきた。もう少しの辛抱かな。

3月8日(日)だいぶん自由に歩き回れるようになって、外出できたが、まだ右足は痛い。やはりもともと発作が出る前から何となく腫れている感覚があった分、長引いているようだ。もっと劇的に痛みが解消するのではと期待していたのだが、そうは問屋がおろさないというところ。

3月11日(水)日常生活には、あまり支障がなくなり、久しぶりに会社から帰宅時に新橋まで歩くことができた。しかし関節はまだ腫れていて痛み自体はまだ残っている。軽くジョグできるかなとトライしてみたけれど、さすがに無理。それでも1週間前に比べると天国。

3月13日(金)まだ日中、歩くと親指に痛みが来るものの、帰りはランニングシューズを履くと、ほぼ痛みは感じないところまで回復してきた。久しぶりに、駅までかる~くジョグしても大丈夫だった。やっと指も普通に曲げ伸ばしできるようになって、入浴中にはパシッと関節が鳴った。もうすぐ発作終息宣言がだせるかな。

3月14日(土)薬がなくなったのでお医者さんに行きました。痛み自体は昨日と変わらない程度、残っているけれど、軽いジョグならできるくらいにはなりました。明日、マラソン大会に出たいという思いは残りつつも、フルマラソンに挑んでしまうと途中で何か起こってもどうしようもないため、今回もあきらめることにした。その代り応援に行けたらと思う。とりあえず、そろそろこの記事のアップデートは終わってもいいかな、と感じています。ふぅ。前回は、痛みが出始めてから3週間目にはハーフマラソンを走れていた、ということは2週間後には練習できていたはず。今回は、3週間経って漸く痛みが気にならなくなったという状況。とにかく再発してほしくない。

3月21日(土)まだ両親指とも関節の中に、何か入っているような感覚は抜けないし、ジョギングした翌日は少し関節の中が腫れたような気がするけれども、ここから先はしばらく様子を見るしかなさそうだ。もうおっかなくてビールなんて飲めません。

|

« 痛ッ! | トップページ | テレ玉親子マラソン »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

いやはや、思ったより、痛みがひどそうですね。通勤すら大変なご様子。体質もあるかと存じますが、同じ年代のものとして思うのは、若いころとは体が変わっているのに、気持ちが認めてない。そのへんのギャップがいろいろと出てくるようです。新年以来、品質管理の通信教育を会社で受けているのですが、簡単な問題を解くのに頭が回転しなく、いやになります。
とにかく、焦って無理をなさらないでください。それと、周囲の人がおなかいっぱいな時は、もう適当な量なのかもしれません。なにせ、体格が僕と違って大きいので、頼もしく思いますが。
海外ご出張も多いと思いますし、責任あるお仕事も増えていらっしゃるのでしょう。一筋のご性格も存じ上げていますし、だからこそ、人がついて行くのでしょう。
でも、体を害してはいけません。高度経済成長のとき、ストレスから体を壊した父は、終身雇用の世の中で、転職を余儀なくされました。療養中、仕事を失った父を幼心に悲しみました。
お大事にしてください。早く良くなって、快適にバリバリと働いてください。

投稿: ぐうたら軍曹 | 2009年3月12日 (木) 00時28分

ぐうたら軍曹さん
お気遣いありがとうございます。私は今年が後厄ですが、やっぱり体が変わってくる年なんですね。お祓いを受けた割にこんな目に遭っちゃったわけですが、逆にこれを教訓に生活も変えないとと前向きに受け止めようと思います。それにしても3年前の時に比べても長引いているので、ちゃんと対応しないといけません。

投稿: mimapy | 2009年3月12日 (木) 05時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 痛ッ! | トップページ | テレ玉親子マラソン »