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2009年3月

草加ふささらマラソン

晴天の下、草加で開催された「草加ふささらマラソン」に出場しました。ハーフマラソンに出場するのは2カ月以上ぶりですが、それ以前に10キロ以上走ったのも2カ月以上ぶりでした。

朝、最寄駅である越谷レイクタウンを下車。それにしても越谷レイクタウンは周りに何もないところにいきなりイオンモールだけがあり、異様な感じです。現在開発中ですが、もともと調整池などがあるところだからなのか、随分盛り土を一生懸命やっているような感じがします。

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電車を降りると同時に、チームのA部さんから、今朝は多くのメンバーが走る旨の連絡を受ける。そして駅の外では、同じく出走予定の大学ワンゲル部時代の後輩に再会。77歳のお父様とご兄弟2名を合わせて計4名で出走されるとのこと。これは我が家の10年後?

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駅から2キロ余り歩いているうちにスタート15分前位になってしまい、ゼッケンをつけたり荷物を預けているうちにほどなく時間に。会場ではゲストのQちゃんが挨拶。今大会の目玉登場に会場は沸き立つ。

頭を悩ませたのは、どこに並んでスタートするか。順当にいけば1時間40分以内の場所だろうが、久しぶりだったので少し控え目に2時間以内に並ぶことにしました。

予定の8時から5分遅れでスタート!スタート地点でQちゃんが手を振って声援を送ってくれる分、みんなQちゃん見たさで渋滞を起こしている。特にタイムよりもQちゃん重視のランナーは携帯を取り出しカメラを取り出し撮影に余念がない。

ようやくスタートしたが、今度はいったんコースが狭くなるところで再度渋滞。ま、仕方ないさ。でも難儀するくらいの渋滞はここくらいで、あとは走りやすいいいコースでした。

本日のタイムはグロスで1時間40分30秒、ネットで1時間38分18秒。最初出遅れたけれど、途中からは、最近走っていなかった割には良いペースで走り切れたので悪くはなかったと思います。

スタート~5キロ:25分20秒91

・上記の渋滞なんかもあって最初の1キロに6分以上かかってしまう。ヤバッ。徐々にペースを上げていく。と、3キロも行かないうちに後ろの方から「さあ、皆さん頑張りましょう」という声がして振り返るとQちゃんが颯爽と後ろから走ってくる。かる~く走っている感じなのに無茶苦茶に速い!あっという間に背中が見えなくなってしまう。沿道もQちゃん目当てで応援者が多数。自分のペースは1キロ5分を切るくらいまでは楽に上がってきたのでこのまま行けるのか、それともまだ序盤だから楽なだけなのか迷いつつも、気持ち良く走ることに専念。

5キロ~10キロ:22分42秒35

・東京外環道を超えて、独協大学沿いの道を行く。7キロ過ぎのところで一瞬先行するランナーと交差するところがあり、上位ランナーの走りを堪能。10キロ手前で有名な松並木にさしかかる。同じ会社のK山さんが応援に来てくれると言ってくれたので、彼の姿を探す。見つからないなと思いながら松並木に別れを告げるところで、名前を呼ぶ声が!K山さんが来てくれたのだ!!振り返ってみると5キロ~12キロあたりが一番元気かつ無心に走れていたような気がします。

10キロ~15キロ:22分39秒40

・10キロから11キロあたりは今日の最速ラップ(4分15秒前後)までで気持ち良かったものの、徐々に太ももの裏が張り始めペースを上げることはもうできないが、これは仕方ない。どこまで粘って行けるか。あと何キロと思うからきついので、フルマラソンの練習だと言い聞かせて走り続ける。ハーフの13キロ~17キロあたりではいつも同じ気持ち。外環道を超えるあたりからもと来た道を戻る。往路で応援してくれていた太鼓などは復路でも続いており、励まされます。あとは沿道の皆さんの歓声も。手を上げてこたえるも、ちょっと肩が凝ってきたか?!基本的に、まだ自分のペースの方が周囲より早かったようなのですが、一人少し早めの人がいて徐々に離されていきますが、15-20メートルほど先を行くその人に離されすぎないように頑張ってみる。

15キロ~20キロ:22分32秒56

・17キロ過ぎで一旦ゴール地点の草加公園が視界に入りますが、そこから最初に走った道を少し行き、再び公園に戻るルートに進む。まあ太ももの裏が張るのは同じですが足の方は意外に動くのでペースを維持して走り続ける。19キロで公園に戻るんですが公園の周回に入ってから路面が硬かったり、微妙に上りが増えたりでなかなか楽にはなりません。それでも淡々と歩をすすめ、トラック内に。

20キロ~ラスト:5分02秒10

・最後、トラックに入り、ゴール直前でQちゃんが応援してくれ、ハイタッチをしてもらい無事ゴール。一番最後に、上で触れた先行する方を追い抜きました。

・ゴール後、痛風の痛みが残る両足親指が疼くものの無事ハーフを走り切れて良かった。新調したシューズがこれまでのNIKEに比べてクッションが少ないので、やや負担はかかります。これで来週うまく走れれば長野の挑戦もより現実的なものになってくる。今後しばらくが正念場ですね。

・チームの仲間の皆さんとお風呂に入り、親戚の方のお宅で打ち上げをして帰宅。久しぶりにお酒を飲みました。久しぶりに会った仲間の皆さんから口々に「痩せた」と言われました。そんなに体重は落ちてないんですが、酒を暫く断っていたから??

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モテット

本当に久しぶりに、ちゃんと通勤ランしました。

とにかく、大会まで時間がない中で、何とかハーフやフルを走れる足にしなければ。との思いもあり、秋葉原から皇居周りで会社までの8キロコースです。

しばらく走っていなかったから、ペースを落とさないと息が苦しい上に、なんだか腰も張ってくる。

こんなにきつかったっけ?+こういう苦しい世界に帰りたいと思ってたのか?が素直な気持ち。

そろそろ桜が咲き始めるころかな?と思い、皇居に向かう。蕾が膨らみつつあるような気がするものの、まだ開花には至らずというところ。このブログでも2年前、1年前とも皇居の桜の写真を載せたけれど、また1年経ってもうすぐ桜の季節を迎えるというのも時間の経過を感じさせてじわりと来ます。

皇居の周りを走りながら、モーツアルトの合唱曲モテット「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K618を聴くと朝の幻想的な雰囲気にぴったりでとても気持ちが良いです。(この曲は、図書館で借りてきた「戴冠式ミサ」の余白に入っているのですが、とても美しく、心に沁みます)。

花が咲いたら、また写真を撮ってアップしよう。

1年前の今頃は、1月から4月まで4回フルマラソンを走り、充実していた時期。ついこの間のような気がするけれど。今年は対照的な感じもするけれども、そういうこともあっていいのだと思う。痛風の痛みだけはもう勘弁してほしいけれども。

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NHKテキスト大人買い

TV版&ラジオ版のハングルと中国語テキスト、それから英語(コーパス)の計5冊。

4月号を一気買いしてしまいました。

一年前に、4月号を買ってハングルをかじり始めてから、早くも1年。途中から中国語にシフトしてしまってハングルは棚上げになってしまったけど、せっかくだからもう一度スタートしよう。

1年経てば、もう少しは話せるようになっててもよかったかもしれないが。

一応なじみのある漢字を使うのと、ハングルの文字を使うのとでは、やっぱり差があるのかなという気もしております。

なんでも、今年から、ラジオ番組のストリーム配信までやるらしいので、時間が合わなくて聞けないという言い訳はできないね。

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有難う!WBC

いやぁ、本当によかった!

キューバ、アメリカ、そして韓国を撃破しての優勝。

やってくれた。ありがとう!!

最後の最後はやはりイチローだったか。

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リスタート

昨日出張から帰ってきて、今日は久しぶりに家の近くの8キロコースのジョギングに出かけた。一昨日、台湾の公園をジョグしたのに続いて再開後2回目。足もそうだけど、心肺機能が落ちちゃっているなあという実感。かなりペースはゆっくりじゃないと持ちません。これは仕方がないのでゆっくり鍛えなおそう。もう一度ここからリスタート。まだ見沼代用水沿いの桜は咲いていないけど、あと数日もすれば桜の花の下、気持ち良く走れるかな。

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台湾0903③

とりあえず台湾での仕事も山場を越えて、明日は午前中だけ予定が入っていて午後の便で帰国します。今回は、ホテルで開催されている投資セミナーに来ていて、主に来場している台湾企業に対して取材を行い、企業についての理解を深めるのが目的です。午後6時をもって予定が全て終了。三日間でしめて20社くらいの方々のお話を伺いました。仕事とは言え、色々な産業を代表する20社と一日中英語で話をし続けるのはそれはそれで疲れますが、取材に応じてくれる企業の方も最後はへとへとという感じで、向こうのほうがむしろ大変でしょう。相手方も20コマ以上のミーティングをしていて、それが1対1だけではなく、1対4とか5なんていうのも珍しくない。その上、極論すれば、それぞれの20コマで出てくる質問は7割がた同じではないかと思います。取材する方は往々にして、自分が判ったような顔をして業界の方からすると的外れなことを尋ねたりするので、それを正しい方向に修正してやるのも大変です。また、多くの場合、自分の理解不足を棚に上げて「この会社は投資家に対して不親切だ」などと言って株を売ることもあるので、ある意味子供をあやしてやるようなもんです(←これらは自分の事を指しているのは言うまでもありません)。最後のミーティングが終ったあと、先方も「もう疲れたよー」と音を上げていました。

仕事の後は、以前推薦して頂いた大安森林公園までホテルからジョグ。公園を約2周して晩飯を食べてきました。帰宅ラッシュの時間なのでホテルからの道は排気ガスが物凄いんですが、公園に着くと、がらりと雰囲気が変わるし、空気もずいぶんいい感じです。薄暗い中、散歩道沿いに走っていると、結構、こちらの方も走っています。ブームなのかな?

そういえば、こちらに来て色々ネットを見ているとMSNとかサンスポとかいろんなサイトで東京マラソン前ということもあってか、ランニング特集のページが激増しています。曙さんは不戦敗か。あの体型では厳しいと思っていたけど・・。せめて10キロくらいにしておけばよかったのに。

晩飯は、できるだけ地元の食堂みたいなところに行こうと思ってふらふらと捜し歩きました。屋台っぽいのも色々あったんだけど、ちょっと踏ん切りがつかず、結局、写真入メニューがあるような食堂に入ってみました。色々おばちゃんが説明してくれるんだけど、皆目分からないので仕方なく「我不会説漢語」とギブアップ。すると英語ができるおばちゃんが説明してくれ、割引になっている「猪肉飯」なるものを注文。焼き豚ライスみたいなものかと想像していたら、豚の関節部分みたいなのがそのまま乗ってるようなのが出てきた。プラス、野菜とか漬物とかゆで卵とかも乗っているのでなかなか健康的です。しかし、肝心の豚肉部分が、ほとんど骨だし、肉らしいところもほとんどコラーゲンと言うか脂肪というか、食べるところ全然ないじゃない、というものでした。まあそんなに悪くはないけどね。お値段は、しめて70元だから安いですねぇ。

どうも風貌のせいか、誰からも外国人だと思われないみたいなんですよ。みんな、中国語で話しかけてきます。それがいいとも悪いとも思わないけれど。

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台湾0903②

台湾にきて3日目となりました。

昨日は、久しぶりにホテルから往復2キロ程度軽くジョギングしてみました。足指は、まだ軽い痛みが残っているものの2週間前に比べれば、ほぼ普通に戻ってきたと言えそうです。でも体がジョギング向けにはなっていないですね。

帰り道で、ふらりと入った店で、牛筋肉麺+水餃子5個で120元を食べて夕食。注文は、ほぼ身振り手振りみたいなもんですが、通じて感激。麺に加えて、水餃子を頼もうとしたら、どうも店の親父さんが「注文する必要はない。5個ついてくるから」と言ったような気がしたらホントにそうでした。こういう体験は、ウィーンに行った頃以来かも。日本のうどんのスープに近い汁に牛肉を煮込んだ味が溶け込んだ素朴な味でうどんに似た素朴な麺でしたが結構おいしかった。美味かったよ、と言ったら結構まじめに喜んでくれました。

今日は、お昼時に、馬英九総統による講演があり、初めて生で見る機会に恵まれました。評判どおりのハンサムさと英語の上手さにはびっくりしました。会場の雰囲気を察して、ウィットにとんだジョークを繰り出すところもすごいなあと感心しました。その会場にいる人はかなりが台湾人ですが、彼らも少なくとも僕なんかよりよほど英語が上手い。ジョークのつもりで言った事が、即失言になる現首相や元首相ばかりの日本が本気で心配になります。

夜は、取引先の方に紹介していただいたマッサージ店へ。前回来た時に、2軒行った店が2軒とも、滅茶苦茶に痛かったので、台湾はみんなそうなのかと思ったら、この店は、とてもマイルド。悪く言うとアクセントが足りないというところがない訳ではないが、すぐに寝入ってしまうような心地よさがありました。店の名前はSAKURAといって、落ち着いた雰囲気です。有名企業の社長さんなどもご利用されるとの事。

滞在も後半戦に入りますが、無理せず楽しみつつ頑張りましょう。

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台湾0803①

台湾に来ました!昨年の5月以来2回目です。金曜日まで滞在予定です。一段落したら仕事の準備をしなければ。

今回と前回、何が違うか。そう、少し中国語を習ったのが違う、という訳で、少しは習った表現を使ってみようかというのが課題であり楽しみだったのです。

タクシーでまず行き先を中国語読みで行ってみたところ、運転手さんもニヤッとする。どうやら通じたらしい。すると、こちらが中国語ができると勘違いして、その後、ひたすら中国語で話しかけてきます。「少し勉強したけど、中国語は話せないんだ」と言ったのだけど、なんだか色々話しかけてくれます。運転手さんの方から「指差し台湾語」なる旅行者向け会話本を渡してきて「これを使え、と」。旅は度胸と言うことで、僕も、習った表現を使って質問する。「ホテルまでどれくらい時間がかかるのか」「いくらか」「台湾に日本人はどのくらいいるのか」ま、その程度が限界ですが。困ったのは「行っていることが分かりません」という表現が分からないこと。分からないのに相槌打ってるのも悪いから、それは分からないといいたいのだけど・・・。「日本では中国人の先生に習ったのか」とか「日本で中国語を勉強するとどのくらいお金がかかるのか」とかたずねてきたのは分かりました!

ホテルに着いたところで、運転手さんが「日本には子供がいるのか?」と聞いてきた(質問を理解するのにずいぶん時間を要しましたが)ので「いる」「何人?」「3人」と答えると、なんとちょっとしたおもちゃを三つも貰っちゃいました。

うれしいですねぇ。久しぶりに面白い体験したな。

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マラソン観戦

本日は、欠場したマラソン大会の観戦&応援のために荒川まででかけました。

昨年、親戚に応援してもらったラスト5キロ地点に陣取り、声援を送った。しかしまあ、どんな言葉をかけるのがいいのか分からないところもあって、ひたすら拍手をしていたけれど、それだけでは流石につまらないので、「ファイト」「がんばれ」「あとひと頑張り」「あとひと我慢」「もう上りはここで終わり」「ナイスラン」「いいペース」「その調子でいきましょう」etc.

あと5キロ地点って、自分の経験的にもその時点の状態次第で、あまりに状況が違います。「あと少し」とか言っても「あと5キロも残っているじゃない・・・」「もう十分頑張っているよ・・・」と思う時もあれば「声援ありがとう!」「よーし!」と言う時もある。あんまり気にしすぎてもいけないので、感じるままに声をかけ続けました。

同じチームで出場される方は、おそらくユニフォーム姿で来るかなとおもって、それを探していたけど、見つからない。もうそろそろゴールタイム4時間台の人たちだな?と思った頃に、チームリーダーのMさんが美女とともに会話しているのを見つける。周囲に迷惑かと思いつつも、後を追い、一言声をかけて会場を後にした。

今日は、沿道でおそらくサブスリーを達成しているであろう人々と、4時間半くらいの人々までを見ていましたが、観戦するのもとても勉強になりました。

まず僭越を顧みず言うと、ゴールタイム3時間の人々の37キロ時点のスピードは、そこだけ取り出してみると「そこまでむちゃくちゃに速い訳ではない」「自分でも走れる」。

ただし、それが37キロ走ってきた後であるということを考えると、驚くほどスムーズな走りをしていることに気がつきます。それは自分にはできないことです。具体的には、歩幅がしっかりとれていて、足(腿)がしっかり高く上がっていることに気づきます。すなわち、絶対的なスピード力も勿論高いのでしょうが、長い距離を走るスタミナが違うなというのが決定的な相違ではないかと感じます。LSDや長めの距離のペース走が絶対に必要であることを強く印象付けられました。

それは、続くランナーを見ていると明白。次第に、マイペースで走れている人が少数派になっていきます。たぶん、歩幅を見ると最初に比べるとペースがかなり落ちているのだろうなと感じるランナーや足を引きずっている人も増えてきて、自分もそのきつさや痛さがわかるだけにそういう人に「がんばれ」はかえって酷だし、かといって「焦るな」とか「歩いていてもゴールに着きますよ」というのも失礼な気もするし・・・。最初からあと5キロ地点を過ぎて橋を渡ったら歩こうと決めていた人の中で、応援がいたせいで、もうひと頑張りしてくれたような人もいて、自己満足ではありますが応援してよかった?!

なんだか、自分の課題や目標も見つかった気がして意義深い時間でした。知り合いには予め応援に行くっていっときゃなきゃいけなかったな、というのは反省。

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この間、香港に出張した際に、機内の映画でマンマ・ミーアを見て以来、個人的には久しぶりにABBAにはまっています。前回の個人的なブームは1997年で、その時はベスト盤のABBA Goldを買ったのが契機。

マンマ・ミーアは言わずと知れたABBAの楽曲を使ったミュージカルですが、何年か前に、これもNY出張時にブロードウェイで見てきました。話の内容は結構忘れていましたが、映画を見ているうちに思いだしてきて、映画を見つつ懐かしい気分になりました。

ソフィ役のアマンダ・セイフリードのかわいさにくぎ付けになりましたが、実は主役は母親役のメリル・ストリープ。ミュージカルを見た頃は自分も今より数年若く、母親役(ドナ)や彼女の元恋人たちに対する思い入れはあまり感じられなかったのですが、不惑を超えてから映画を見直すと、過ぎ去った青春時代の思い出とともに彼ら彼女らに共感する部分も増えてきた気がします。

一昨日、ABBA Goldの続編のMore Goldがツタヤで1200円で売っていたので、その勢いで買ってきました。ライナーノーツを見るとABBA Goldが2600万枚売れたのに対して、続編は2百万枚(これでもすごい数字ですが)とのこと。中には勿論ミュージカルで使われた曲も収録されており、好きな曲もいくつかあるものの、個人的にはたぶん何度聴いても好きになれないだろうなと思われる曲(特に如何にもサウンドが古い、ディスコ系曲)と言わんばかりのも複数あり、クオリティは見劣りしてしまうなあというのが正直な感想ではあります。ここからオリジナルアルバムに聞き進むというほどのコアファンではなく、あと数週間で一旦ブームも去るのではと思いますが、小学生の頃にラジオでVoulez Vouを聴いて以来のお付き合い、次は僕が50代になった頃に戻ってくるかもね。

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再見

昨日をもって、ここ半年会社で開催されていた中国語講座が終了しました。如何にも中途半端に、入門の入門段階で終わってしまった感があるものの、いやいや始めた割には最後の方は結構楽しめるようになり、とっかかりの機会にはなったと思います。あとは、独学を中心に気楽にやっていきたいと考えています。年をとってから語学をやると語彙を詰め込むのが大変なので、25の時に仕事でやったドイツ語をもって新言語は打ち止めにしていましたが、昨年度は最初数か月は韓国語(ラジオ講座)をはじめ、次いで韓国語はいったんお休みして中国語にスイッチしました。出張中に食事するにも支障があったからというのが始めた理由ですが、あまり根を詰めずに半ば趣味のような感覚で負担にならないようにやる楽しみを知った一年でした。

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テレ玉親子マラソン

出張から帰ってきた翌日に年に一度の家族行事にしようと画策しているテレビ埼玉主催のマラソン大会親子の部に出場しました。昨年に続いて2度目の出場です。

昨年と同様に4年生の次男は僕と、2年生の三男は家内と走りました。とにかく出張中は、この大会に出られるかどうかが気が気でありませんでした。足は痛むものの靴を履けば何とか子供のペースくらいでは走れそうなので強行出場しました。

大会会場は荒川総合運動公園で、車で15分程度でいくことができます。コースは公園内を周回する2キロのコースでまあ楽勝です。こういう大会に出てくる親子の多くは、親のどちらかが走っていることが多く、靴を見れば大体わかります。中でも、親子揃ってランパン・ランシャツで出ているような猛者もおり、明らかに優勝を狙っているような感じです。

うちは、その辺はゆるゆるなので、まあ楽しく走れればいいやというスタンスです。

昨年は、初めてということもあってスタート直後からブービー賞に近い位置で、子どもを鼓舞しながらというより文句を言う子供をなだめすかして走らせるという感じだったのですが、今年は親バカではありますが結構頑張ってくれました。最初の頃から中位程度を確保し、あろうことか先行する親子をいくつも追い越していく勢いです。自分には楽なペースですが子どもにとっては結構頑張っているペースと感じられ、正直、どこまでもつのかどうかが気がかりでした。ちょっと疲れてきたんじゃないかというあたりで1キロの標識があり、息子的には「まだ1キロ」かとショックを受けていた風もありましたが、「もう1キロ」「どんどん残りが少なくなってくる」などと叱咤激励しつつ後半へ。残り数百メートルで三男たちが第一回目の応援で声をかけてくれると元気を取り戻した様子。

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そして残り200メートルはトラックの周回。ゴール手前でもう一度応援を受けて元気にゴールイン!この1年でこいつ、こんなに成長したかと頼もしく感じた2キロでした。

翌日には歩行困難になってしまったので、あの日のタイミングでしか走れなかった。走ったせいでひどくなったとの説もあるのだが、ま、結果オーライってことにしましょう。

3月22日追加:夜19時からダイジェストのテレビ放送。ちょこっとだけど、自分が映っていました!ほのぼのとして楽しい大会でした。

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最悪の事態

今回痛風を発症してから10日が経った。通常であれば、発作も治まり一息ついている頃のはずなのだが今回は一粒で2度おいしいではないが、寧ろ最高潮を迎えているのである。1週間前に想定していた最悪の事態を迎えたといっても過言ではない。折角だから経緯を残しておこう。

222日(日)息子と秩父にいる間に、どうも左足の親指に違和感があるなと感じ始める。

223日(月)特に気にすることもなく夕方まで仕事をした後、香港に出発。深夜にホテルについて寝ているうちに左足親指が疼き始める。「これはもしや痛風の発作が来るのでは」とおののく。これまでは右足だったのだが!

224日(火)香港での仕事1日目。やはり痛風が来始めたらしい。左足親指の関節に上から圧をかけると痛い。会食した取引先の方に痛風らしいことをカミングアウトして酒を止める。歩行できない事態を避けるべくホテルに戻るとひたすら濡れタオルで足を冷やす。

225日(水)香港での仕事2日目。親指は横方面からでも痛むようになる。午前の予定を終えて現地オフィスに向かう途中の薬局で鎮痛剤を買う。午後は東京も交えたビデオ会議だが、机の下で靴下を脱ぎ、濡れタオルで足を冷やす。夕方には幾分楽になり、ひょっとして峠は越えたかと糠喜び。夜は現地スタッフのカラオケ好きメンバーでカラオケに出かける。酒は飲まず、食べるのもかなり抑え、自分としてはまだ腹5分目という感じなのだが周囲の面々は自分より遥かに食べていないにもかかわらず「もう腹一杯」と音をあげているではないか!俺って食べ過ぎ?!

226日(木)香港での仕事3日目。香港市内のホテルで開かれた投資セミナーに出席。現地スタッフから会場まで歩いて10分もあれば着くとの憶測を信じて出かけたところとても10分で着くような距離ではない。結局30分近く歩く。親指の痛みは楽になったが、今度は人差し指の付け根に痛みが広がり、徐々に甲の方まで広がり始める。いろいろな企業のトップとの会合であり流石に靴下を脱いで足を冷やす訳にはいかないが靴を脱いで左足を高い位置に持ってくる。夜は別の現地スタッフと会食。場所がオフィスから離れており、結構歩く。インドやタイカレーを食べたけど刺激的すぎたかも。

227日(金)香港での仕事4日目。前日の教訓を生かしてホテルから地下鉄駅まで行き、地下鉄でセミナー会場に向かったがついた駅から迷ってしまい結局結構歩いた。足の指よりも甲の痛みの方がきつくなり始める。とは言え、まだぎこちないながらもスピードは普通に歩ける。疲れたので夜は早々にホテルに10分ほど歩いて戻る。

228日(土)帰国。やはり甲が結構痛んだが、久しぶりにランニングシューズを履くとクッションに助けられかなり楽。靴を履いていると逆に痛みを感じなくて助かるような感覚。夕方に帰宅。靴を脱ぐと痛いが、もうしばらくの辛抱かと楽観視。

31日(日)左足甲は痛むが、指の痛みがひいたので楽しみにしていた親子マラソン大会に出場。二男とのペアで2キロ走る。正直、一方踏み出すごとに軽い痛みはあるものの我慢できる範囲。むしろ子供の頑張りがうれしく、無事完走。ご褒美に寿司を食べたのだけど体に悪かったかな?夜はワインも飲んでしまう。帰ってから昼寝して起きたら痛みが増している。そして最も恐れていた事態、右足への飛び火の予感。

32日(月)未明に起きてトイレに行くも、いやな予感が的中して右足親指が疼き始める。左足の甲は走ったのが災いして痛みが増している。立ち上がる時の痛みが尋常でない。1時に起きると3時まで眠れない。これは医者に行かないともう駄目だと観念。両足に痛みがあることを考えるともう仕事に行ける状況ではない。幸いにも仕事のアポイントがなかったため休ませてもらい医者に行く。朝8時半の受け付け開始直後に行ったのに、話の長い医者で順番が回ってきたのが11時過ぎ。鎮痛剤を漸く手にしたのはお昼すぎ。

33日(火)未明に一度起きた時には相変わらず左右が痛かったが、朝起きた時には左足甲の痛みが消えていた。しかし右足親指はまさに全開というくらいの腫れが広がり、痛み爆発。折悪く、ディナーの予定が入っておりスーツに皮靴で出かける。家から駅までは自転車。当初雪が積もるかもと言われていたので防寒ブーツを取り出したが、足が腫れてとてもではないが圧迫感に耐えられない。普段は新橋から歩くが、地下鉄で神谷町まで出て歩く距離を短縮。会社では患部は濡れタオルで冷やす。家から持参したスリッパで動き回るも、それでも非常に痛い。夜の会食の場所にはタクシーで。掘りごたつ形式だったので見えないように裸足になり、おしぼりの中に烏龍茶のグラスから取り出した氷を入れてひたすら足を冷やす。帰る段になり、足が相当痛むので新橋あたりで泊ろうかと考えたが運よく地下鉄で座れたため上野まで出て高崎線経由で帰宅。ところが風呂に入ってから寝ようとすると腫れの痛みがじんじんと攻めてきてとても寝られない。ここまで熱を持ってくると、感覚としては逆に氷水の中にずっと足を突っ込んでいる時のような感じの痛みが襲ってくる。もう我慢できないと、お医者さんから非常用にともらっていたインドメタシン座薬を使う。自分で座薬入れたのなんて初めてだよ、ふ~。

34日(水)ひょっとして痛みがピークアウトしていないかと思ったけど、まだまだパワー全開。観念して出かける。ランニングシューズで行こうとしたが、痛くて足が入らない。仕方ないので紐を相当に緩める。朝は、新橋からオフィスまでタクシー。基本、前日と同じ。歩き方がひどいので、知っている人からどうしたのかと声をかけられ、痛風と答えざるを得ないのが情けない。帰りは普段の3倍以上の時間をかけて会社から神谷町で上野まで出て、高崎線を使って帰る。自転車に乗っている時間がまさに極楽。そろそろ峠を越してくれないと困るんだけど。とりあえず今日はここまで。いつまでこんな感じなのか。もう一回、左足に戻ってくることを恐れつつ今日は寝ることにしよう。

35日(木)朝起きたけれど、全然おさまらないどころかなんだかもっと痛いような気もする。気長に待つしかないですな、これは。痛みがきついので座薬を使ってから出発。前日と同じく新橋からタクシー。朝のうちに昼ごはんに食べるパンを買いこんでおく。昨日はランニングシューズがきつかったので出張に持って行った幅広の革靴を履くと少しは楽。一番楽なのは裸足で、靴が2番目。スリッパが中途半端でかえって痛い。大手町の出先にもタクシーを使ってこの際だから足をあまり使わないようにする。電車が空いている間に直帰させてもらうことにした。帰って足を見ると、ピーク時に比べると少しは腫れが引いてきたような気もする。

3月6日(金)朝は相変わらずの痛み。しかしお昼前に、なんとなく前日比少し楽になってきた感覚。これまで右足親指が床に触れる度に激痛が走ったのが、漸く親指が触れても「痛気持ちいい」に近い(決して気持ち良くはないが)感じになった。鎮痛剤のせいなのかもしれないが、やっと痛み止めが効くようになったということだ。足の形も少し元に戻ってきた(それでも、同僚に言わせると「エッ、こんなに腫れてるの?!」なんだけど)。

3月7日(土)まだ痛みは残るがかなり楽になる。右足の激痛が薄らぐと今度は左足の痛みが残っていることに気づく。関節の中に、何かが挟まっているような感覚だ。それでも赤紫~赤黒かった親指の関節が漸く元に戻ってきた。もう少しの辛抱かな。

3月8日(日)だいぶん自由に歩き回れるようになって、外出できたが、まだ右足は痛い。やはりもともと発作が出る前から何となく腫れている感覚があった分、長引いているようだ。もっと劇的に痛みが解消するのではと期待していたのだが、そうは問屋がおろさないというところ。

3月11日(水)日常生活には、あまり支障がなくなり、久しぶりに会社から帰宅時に新橋まで歩くことができた。しかし関節はまだ腫れていて痛み自体はまだ残っている。軽くジョグできるかなとトライしてみたけれど、さすがに無理。それでも1週間前に比べると天国。

3月13日(金)まだ日中、歩くと親指に痛みが来るものの、帰りはランニングシューズを履くと、ほぼ痛みは感じないところまで回復してきた。久しぶりに、駅までかる~くジョグしても大丈夫だった。やっと指も普通に曲げ伸ばしできるようになって、入浴中にはパシッと関節が鳴った。もうすぐ発作終息宣言がだせるかな。

3月14日(土)薬がなくなったのでお医者さんに行きました。痛み自体は昨日と変わらない程度、残っているけれど、軽いジョグならできるくらいにはなりました。明日、マラソン大会に出たいという思いは残りつつも、フルマラソンに挑んでしまうと途中で何か起こってもどうしようもないため、今回もあきらめることにした。その代り応援に行けたらと思う。とりあえず、そろそろこの記事のアップデートは終わってもいいかな、と感じています。ふぅ。前回は、痛みが出始めてから3週間目にはハーフマラソンを走れていた、ということは2週間後には練習できていたはず。今回は、3週間経って漸く痛みが気にならなくなったという状況。とにかく再発してほしくない。

3月21日(土)まだ両親指とも関節の中に、何か入っているような感覚は抜けないし、ジョギングした翌日は少し関節の中が腫れたような気がするけれども、ここから先はしばらく様子を見るしかなさそうだ。もうおっかなくてビールなんて飲めません。

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